更に詳しいプロフィールと任意売却に対する思い

 1970年、新潟県の離島、佐渡島(現在の佐渡市)で生まれる。小4(9才)で横浜市に引っ越してから、現在も横浜市在住、妻と子供3人(男2・女1)の5人家族、その他にリクガメ3匹、飼育というより寒くなると勝手に冬眠して暖かくなると出てきますので放置状態・・・。

神奈川大学卒業後、地元の住宅販売がメインの不動産会社に勤務するも、不動産業者の実態に愕然とする、よく聞く上司の言葉は『契約したいな~』、『お客は買ったら終わりで不動産業者は長い付合い』・・・。つまり、お客様の目線は関係無いということです。不動産業者に義務付けられる、当時の従業者登録や専任の宅地建物取引士(旧宅地建物取引主任者、以下宅建)の常駐はなく、宅建資格を持ったパートの主婦??がたまに来て雑務をしている程度で名前すら分かりませんでした。そのため私自身も後の宅建試験に合格後、2年間の実務経験の証明ができなくて困りました。

その後、不良債権を譲り受け、回収する金融機関へ転職、まだ、サービサーが誕生する前で、時は山一證券や北海道拓殖銀行の破綻等、バブル崩壊の影響で日本経済がドン底だった頃です。

その様な時代で膨大な数の不良債権を債権譲渡を受け、自社の債権(借金)として回収するため、債務者との交渉や自らが担当し訴訟や司法和解、また、行方不明者の債権保全や給与の差押え等、各地の裁判所にも出向き、債権回収に関わる様々な経験を積みました。

そんな中、不景気の影響で不動産の競売が増加していると知り、不動産を買う方の気持ちは分かりますが、競売で不動産さんを失う方の気持ちを思うと、何か力になれる方法はないかと模索し、たどり着いたのが任意売却でした。

実際、借金の返済ができない以上、競売を止める手段はありませんが、それならば精神的な負担が少ない方法を選択できるチャンスがあれば、後はお客様が決めるだけです。

当時は任意売却をメインとする不動産業者は割と少なく、インターネット上に任意売却の情報も皆無と言っていい程でした。そして個人の住宅ローンより、自営業者や零細企業の経営者が資金繰りに行き詰まり競売となる方が多く、その様な方に裁判所で閲覧できる配当要求終期の公告見て、一軒一軒訪ねて歩き、任意売却が競売回避に有効であると伝え取り組んできました。

そのため依頼者は全て競売の申立後に任意売却を試みるという、本当に時間との勝負というプレッシャーが常について回りました。

同時に債権者の回収方法も熟知しているため、任意売却されるお客様が残債に対する恐怖心で不安にならないようアドバイスもし、間違った認識で金融機関が法律上認められても、現実的には行わない回収方法に怯えてしまう方もいるため、ケースバイケースで、どの様な対応になるかを説き、ある程度安心して任意売却に臨めるように心のケアにも力を入れてきました。

また、金融機関時代の元同僚がサービサーや他の金融機関に勤めている者もおり、人脈を通じて定期的な情報収集も欠かさず行っております。

現在では競売申立の前に任意売却となるのが主流となり、以前のように一軒一軒訪ね歩くことは無く、インターネットを通じた相談が全国から寄せられるようになりました。

当初は任意売却のエリアを限定しておりましたが、何故? 他のエリアは断らなければならないのかを考えると、やはり手間が掛かるからが答えになります。

しかし、返済に困った方は全国各地にいるためエリアは関係ありません。任意売却が終われば報酬は頂くのに手間だから依頼を断るのは、単に楽してお金を稼ぐのと変わらないのではと思うようになり、現在ではエリアに分け隔てなく任意売却の相談及び依頼を全国から受け付けております。

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